written by

kada-lab

コラム

「素敵」を探す小さな旅

この記事は2020年9月13日朝日新聞「加太まちダイアリー」に掲載されたものを一部編集したものです。

 昨今の新型コロナ禍の中で私たちの暮らしは大きく変化しました。働き方や休みの日の過ごし方、人との交流など、様々な面でこれまで当たり前だったことを問い直しながら日々の生活を送らなくてはいけなくなってしまいました。また、国内外への自由な旅行は難しくなり、厳しい状況にある観光業に対して補助する様々な政策が打ち出されています。

 そんな中、最近では「マイクロツーリズム」という言葉が注目されており、私はこれをとても気に入っています。

 「マイクロツーリズム」とは、感染拡大予防と地域経済活性化の両立を目指して、自宅から1時間程度までの近い距離で安心・安全に過ごしながら地域の魅力を深く知ることを楽しむ、新しい旅の形です。自分にとっての当たり前だった近場でも、訪れたことがない所や知らないことがあり、そのような場所を訪れる良い機会です。これまでのように、目立つシンボル的な観光地を目指して遠くを訪れる旅行の形とは一線を画した発想です。

 我が国の旅文化は時代の制限の中で開拓されてきたともいえます。江戸時代以降、五街道などの交通網が発達し、移動が以前より容易になりましたが、当時は武士や庶民の区別なく、人々の自由な移動は厳しく制限されていました。

 ただ、そのような中でも、寺社仏閣をめぐるといった信仰目的の旅は許されており、とりわけ伊勢神宮の参詣は許可が下りやすかったため、今に残る当時の旅の道中記は、伊勢神宮とその周辺の寺社の参詣に関するものが非常に多いそうです。

筆者が訪れた有田市の矢櫃集落=8月、筆者撮影

 木版印刷によって本の大量生産も可能になったこともあり、庶民は浮世絵や名所図絵、道中記などを目にして旅に憧れ、実際に旅が流行しました。決まった経路、目的地という移動制限の中でも人々は旅に思いを馳せ、誰かの旅の記録が次なる旅人を生んでいたということで、こういった点では今にも通じるものがあると思っています。

 最近の若い人は、SNSを使って旅の行き先を決めることが多いようで、加太でもSNSを見て加太というまちを知った、という来訪者の声をよく耳にします。私も実際に、友人がSNSで投稿している写真を見て、同じお店やまちに行くことがあります。

 もちろん「SNS映え」するものがその場所の全てではないのですが、マイクロツーリズムという近場の良さを深める新しい旅文化の時代に、和歌山の隠れた見どころをたくさん発見して共有し合えるのは楽しい体験です。一般的な観光地だけでなく、観光地として注目されなかった場所にも本当に素敵な風景が広がっていたりします。小さな範囲で小さな「素敵」をたくさん見つける旅の形を楽しむ時だと感じます。